2.会社員として、言葉の力を使う 6.番外編:イギリス・ロンドン生活

イギリスで働くって助け合いを受け入れること?成果主義じゃなかったっけ?

一般的に欧米は成果主義だと言われている。イギリスは欧米に含まれているので成果主義なのだろうか…。優秀な人は若い時から自分の人生の階段を常に意識して、ゴール設定をしてるイメージがある。転職が当たり前だから、ゴールをイメージしながら転職を繰り返してどんどん出世していく若い子達を今までいっぱい見てきた。その反面、腰かけOL的な働き方をするおじちゃんやおばちゃんもいっぱいいる。明らかに求められてるレベル以下の仕事しかしないのか、はたまたできないのか。そんな彼らは日本だと煙たい存在で嫌味を言われたりする対象になったりするが、イギリスではそんな風になってる人を見た事がない。少なくとも私が働いた2つの会社では仕事ができないという理由でハブにされてる人はいなかった。

イギリスはできる人に仕事を押し付ける

これは私がイギリスで働き始めたばかりの頃、日本人の同僚から言われた言葉だった。「だから一生懸命働くだけ損だよ。」そう言われたのは、もう10年近く前の話。実際に口だけで全く仕事をしない人や仕事ができない人の尻拭いをささられる人はいつも同じ人。前の会社にいた時は日本人の同僚と密に関わりながら働いていたから「サボったり仕事が遅い人はズルい」と思っていた。日本の様にみんなが同じように、それなりの成果を出すのが当たり前だと思い込んでいた。それがイギリス社会だと言われても、同じような給料で仕事量が違うのは不公平だと思ってたし、不満たらたら愚痴ってたあの頃
今の会社に転職して在宅勤務になったのでチームメンバーがサボってるからどうかは分からないとは言え、明らかに仕事が遅く私の半分以下のスピードで仕事をする人もいる。だけど、リーダー層から咎められることもないし、のほほんと仕事をし続けられてる感じがする。

こんなことも日常茶飯事なのが私の会社

無理せずに生きられるのがイギリス社会 - その根拠は?

「私のこと認めてよ〜」と心の中で叫びながら仕事をしていた時は仕事が遅い同僚の仕事量や質にイライラして不公平だと思っていたが、見方を変えると不公平というより合理的なのかなと思えるようになった。一見不公平にしか見えない「できる人に仕事を押しつける社会」がなぜ合理的で楽に生きられる社会なのか?
その答えは得意を伸ばし苦手を人に任せるという考え方にある。私は今の会社で監査の仕事をしている。職業適性検査でも相性がよい職業として出てくるくらい私には適職で、英語のレベルはともかく仕事内容に関しては文句を言われた事がない。上司から「仕事のペースを落としていいよ」と言われた事があるくらい評価を受けている。だから急ぎや複雑な仕事に割り振られることも多くて大変なこともあるものの、手前味噌だけど処理できてしまう自分がいる。

そんな私は仕事が遅くて雑なおばちゃんとチームを組んで仕事をしていた。難しい案件を一緒に処理すると私にかかる負担は相当なものだったから不満だったが、私は得意な事だからできてしまうだけのこと。仕事とは言えおばちゃんは監査の仕事が苦手だから時間もかかるし雑にしかこなせない。おばちゃんの苦手を私が補って会社として成果物をクライアントに提出していたという事だと受け取ることができる。
ここだけみると不公平に見えるが実際はちょっと違う。私が鬼のように退屈だと思う監査の後処理的な業務があるのだが、おばちゃんはそれをひたすら何日間も不満も言わず続けてくれる。私はそれなりのスピードでこなすものの、つまらなすぎて途中でギブアップすることもある処理をおばちゃんがしてくれていた。

こんな風に卒倒することもあるけど、何とかやっております。

何が言いたいかというと、人には得意な分野と苦手な分野がある。仕事とは言え無理に苦手分野を克服しようと努力するより得意な人に割り振ってしまおうというのがイギリス社会なのだと思う。私とおばちゃんの例でいくと、監査業務を私が引き受けて後処理をおばちゃんが引き受ける。それぞれの得意を発揮できる環境にある。会社への貢献度という意味で給料やボーナスに差はあるものの、イギリスはできない人を排除しようという風習がない気がする。苦手なら得意な人に頼めばイイじゃないという共存意識があるのかも。階級社会の上の方の人たちの考え方を私は知る由もないけど、一般庶民はこんな風に生きてるのかなと一会社員として思う。

一見、フェアな日本社会が実は結構辛い

私はもう日本では働けないと思っている。年齢的にも難しいとは思うけど他にも理由はいくつかある。その一つに苦手分野でもある程度の成果を出すことを求められる事にある。仕事だからどんなに苦手なことでも程々にこなすことを誰もが強要される。学生時代から苦手を克服することを意識させられるのが日本社会だと私は思っている。同じ歳だからと同じ教科書を使って同じ授業を聞いてテストを受け、その点数で優越がつけられる。人間だから得意不得意があるとはいうものの、得意をさらに伸ばそうと指導してくれる先生に私は出会ってこなかった。数学がそこそこ得意だったものの、国語と英語が致命的だった私はいつも「国語と英語をどうにかしないと行ける学校がない」と言われてきた。実際、進学先選びは大変だったけど、英語圏であるイギリスに暮らしながら文章を書くという楽しみを見つけた今の私が過去を振り返ると学校の成績って何やったんやろか?と思えたりもする。私程度の数学の出来では使い物にならなかったのは明確だけど、致命的だった2つが今の私の日常を彩ってる。
色んな事を器用にこなせる人は重宝されて生きやすいのが日本社会かもしれないが、私のように凹凸が激しいタイプの人間にとっては日本で生きていくのは辛かったなと思う。特に子供の頃は集中力がなく気が散りやすい性質を持ってたから、万遍なく幅広い分野で並レベルに足並みを揃えることを強制される事はかなり辛かった。私は何をするにも時間がかかるし不器用にしかこなせなかったから、色々なことを「そつなくこなす人」が眩しくて仕方がなかった日本での社会人時代。
「海外で仕事してすごいですね」と有難いことに言ってもらえる事がある私だけど、私からすると「日本でやっていけるだけ器用に生きられるあなたの方がよっぽど凄い」と思っている。私は日本社会に馴染めなかった不器用な人だから、自分らしく生きられそうな外国に住んでいるという事なんだと思っている。要は日本社会不適合者という事だと思う。

仕事の成果を給料という形でもらう。結果だけに焦点が当てられてると思われる成果主義社会の知られざる一面が「できる人に仕事を押しつける社会」であり、またの名を「苦手をおぎない合う社会」ともいうのかもしれない。
どんな些細な事も、そして自分も含めた誰に対しても「できない」と捉えるのではなく「苦手」と捉えることで少し楽になるんじゃないかなと思う。自分の足りないところを見つけると「アレもコレもできてない。」って思うけど、「あー私はこういうところが苦手なんだ」と捉えると人に頼りやすくなると思うのは私だけなのかな?苦手な事がいっぱいあるくらいが人間味があってちょうどいい。お互いの苦手は補い合って生きていくのがいいなと思うようになった四十路の夏。それでも時々思う、「この仕事くらいやってくれよー」と。肩の力を抜いて生きてるとは言え、やっぱり人の子。そんな日もあってイイ。

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