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両親への確執を昇華させられたと確信できた時

両親とうまくいってないんです。何となく気をつかうというか…頑張ってないと思われてるんじゃないかとか…思って素直に甘えられないんです。手伝ってもらえると助かるのに…

 

わかります。しのゆか もそうでした。実家に帰ると楽って言ってるママさん多いから余計にアレ?自分だけ変なのかな?って思うことありますよね。
しのゆか

 

今日は先月2021年11月に体調を崩して寝込んでる時に内観•内省し、

「過去の自分の選択と行動を受け入れることで両親への確執は昇華する」

というコトに気づいたので今日は書いていきます。

 

両親への恨みは時限爆弾のように突然、爆発し自覚する

私が両親への恨みの感情を始めて自覚したのは

アメリカ留学中に両親が旅行がてら訪ねてきてくれた時でした。

両親のささいな言葉が引き金となり

 

しのゆか
あんたらはいつまでも私のことをアホでダメな人間だと思ってるんやろ。

 

自分でもびっくりするタイミングで両親に喰ってかかりました。

湧き上がった恨みの感情は噴火した火山のように溢れ出てきて治らず、

旅行プランを一緒に過ごすこともできないくらい困惑し怒り狂った私は、

遠く離れたアメリカまで会いに来てくれた両親との旅行を

直前キャンセルし1人留学先に残るという事件を起こしました。

 

爆発した恨みの感情を否定し蓋をしてしまう

両親のアメリカ訪問に同行していた従妹が

私がしでかした恨み節爆発事件について

数年後に間接的に私にメッセージを送ってきました。

 

「遠くまで会いに来てくれた両親にあんなこと言うべきではない。

母親がきちんと娘をるべきだ!!」

 

この言葉を聞いた時に、

 

しのゆか
やっぱり私はおかしいんだ。わがまま娘でどうしようもない人間なんだ。

 

と沸き上がった恨みの感情を完全否定し、

心の奥底にしまい込むことにしたのです。

 

 

両親への恨みの正体は自己像の崩壊⁉

娘を授かったことをきっかけに育児本を読み漁り

自己(事故)流で自分自身と向き合い、疲弊し

ヒプノセラピストに助けを求めました。

そして、出会ったのが

「しのゆか の中にいる子どもの頃の しのゆか」でした。

 

ここに注意

しのゆか の中にいる子どもの頃の しのゆか とは俗にいうインナーチャイルドのことです。ヒプノセラピーでは退行療法という催眠療法を受け、半覚醒の状態で自分の中にいる子供時代の自分に会いにいくというセッションをして頂きました。

 

どんなお子さんですか?

 

とセラピストに質問された私は、自分の中にいる

子どもの頃の私自身のことを泣きながらこう表現するのです。

 

醜い

 

しのゆか
自分自身の事をここまで歪んでしか受け入れられなかったら、それは辛かったよね。

 

他人事のように自分の現状を受け入れられた瞬間でした。

 

 

この日から3歩進んで2歩下がるような

両親への確執を手放すための作業を続けてきました。

そして、たどり着いたのが

 

両親の私への愛情は確かにあった。
ただ、子どもには受け取れない形で表現されていた。

 

という事でした。

それでも、なぜか感謝の気持ちは伝えられないままの日々。

そして迎えた先月の体調不良。

タイミングよく、

両親との確執について記載されたメルマガが何通も届いたのです。

 

しのゆか
私の中の両親への想いに決着をつける時なのかもしれないな〜

と考えながらの療養していた11月

 

出来の悪い子ほど可愛い-無能な娘として生きることを選んだ私

私はお世辞にも優等生と呼べる子供ではありませんでした。

勉強もスポーツも愛嬌すらも持ち合わせていない不器用ちゃん。

だけど、

両親からすれば最愛の娘でした。

両親は私を授かったとき

 

この娘を自分たちの手で幸せにしなければならない。」

 

と固く決意したに違いありません。

だからこそ、

両親の幸せに私を無理やり詰め込むように育てたのでした。

 

「大人になったら自立しないといけない。その時のために…」

 

口では子どもの自立を促すような言葉を発していた両親ですが、

彼らの本心は私に対して

 

いつまでも手のかかる子どもでいてほしい。」

 

と思っていた。

 

そして

 

私は親の意に沿う形で
「できの悪い娘として生きる」
ことを自ら無意識に選択していたのです。

 

無意識だったとはいえ、自らがくだした選択を

受け入れることなく、両親のせいにして生きてきていた。

それが行く先々で迷惑をまき散らしてきた

こじらせ女子 しのゆか の正体でした。

 

災い転じて福となく

 

20代の頃には若気の至りで、

真剣に親子の縁を切ることを考えるほどに両親を恨んでました。

今、思い返しても実家で過ごしていた子ども時代は辛かったです。

だけど、

私が今、元気に、そして楽しく暮らせているのは、

間違いなく両親が苦労して一生懸命育ててくれたからなんです。

 

ここに注意

無理して感謝すると、感情に蓋をしてしまい更に苦しい気持ちになります。感謝の気持ちは自然に湧いてくるものです。その時まで、私は8年以上の歳月がかかりました。だから、焦らずにじっくり自分と向き合ってください。

 

沸き上がる感謝の気持ちを伝えよう

私の両親は子どもだった私に

ストレートに愛情を伝える事ができなかった。

親の愛情を受け取れなかった私は辛かった。

 

事実はたったこれだけ。

 

このコトに気づいた私が今からできることは、

子どもたちに受け取りやすい愛情表現をする。

 

しのゆか
生まれてきてくれてありがとう。大好きだよ。

 

そして、感情表現が苦手な親だからこそ、

 

私から感謝の気持ちをストレートに伝えること。

 

 

子どもたちが描いてくれたクリスマスカードと

娘の手編みマフラーに私の気持ちを書いたメッセージカードを添えて

今年は大きなクリスマスプレゼントを贈りました。

 

何かしてくれて結果に対してしか感謝の言葉を伝えられなかった私が、

初めて書いた感謝の言葉。

 

足りないかもしれない。

 

でも、しのゆか にとっては大きな大きな一歩でした。

 

まとめ

相手に望む前に、自らが与える。

親からの愛情がもらえず苦しかったから、

私は我が子に受け取りやすい形で愛を贈る。

恨みを手放し、今ある健康と幸せの根源を作ってくれた

両親への感謝の気持ちも受け取りやすく表現する

これでいい。いや、これがイイ。

そんな風に思えた療養期間でした。

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