未分類

同じ物事に直面しても捉え方は人それぞれ

同じ出来事でも人が変われば受け取りは人それぞれ。相手に悪気がないのに自分だけ傷ついてしまうこともあれば、逆に気づかぬうちに誰かを傷つけてるコトもある。先日私は無意識で人を傷つけてしまうことがあった。

ことの発端は私がAさん(華子さん・仮名)の名前を間違えた事から始まった。

私はとある非営利団体のグループに参加しており、毎週のようにグループ内に報告メールを書く事になっている。

あろうことか私はメールの書き出しに
花子(正しくは華子)さん
と書いてしまったのである。

華子さんは私の間違いにショックを受けてしまい、私が参加しなかったグループのお茶会で私が名前を間違えてると皆んなに話したらしい。

それを聞いたグループメンバーの双葉さんが『私から由佳さんにお伝えします』とお茶会の場で立候補して私に連絡してきてくれた。

何も知らなかった私は寝起きに双葉さんからのメールを読んだ。

前置きのあと…
昨日、お茶会に参加した際、華子さんが由佳さんが名前の漢字を間違えておられるとショックを受けておられました。私から由佳さんに連絡しますと申し出たら安心しておられる様子でした。先日のメールの華子さんの名前が花子になってましたので

ということが書かれてありました。

このメールを見て一瞬動揺したのですが、事実を整理してみると

  1. 私が華子さんの名前の漢字を間違えた
  2. 名前を間違えられた華子さんはショックをうけた
  3. ショックを受けた華子さんは私のいない場で私の間違いを私が参加してない共通の知人の集まりで話した

この3点。

華子さんがショックを受けたのは1番、名前の漢字を間違えられたこと

そして

私がショックを受けたのは3番、自分のいないところで間違いを指摘されたことだった。

そもそも、
1番めの事柄が起きなければ華子さんを傷つけることはなかったわけである。

私は何故、人の名前を間違えたのだろうか…。

その答えは私のイギリス生活にある。
私はずっとイギリス資本の企業で働いてきたため、日本人の同僚はいるが漢字で名前を書くと言う習慣がないため頻繁に名前を間違えて書いてきたし、書かれてきた経験がある。そして、日本人以外の友達と携帯などで連絡を取る際は、親切なAIのご提案や半強制スペルチェックによって私の名前はYukaではなくYukoとなり送られてくることが多々あった。

名前を間違えられる事に対して初めは少し違和感を感じたものの、あまり続いてくると無感情になる。まして、日本人以外の友人からすればYukoもYukaもパッと見一緒。間違えるのも仕方ないよなと納得してしまった。

しかし、
華子さんにとっては名前間違いはとても大きな事柄だったのだと想像できる。私にとっては陰口とも取れるような形で間違いを指摘される方が名前を間違えられるよりショックなわけだけど、華子さんにとっては違うのだろう。漢字を間違えたのは私の不注意であり、改善するべきポイントなのだけど、私には華子さんを傷つけたいという気持ちは微塵もなかった。きっと華子さんがグループ内で話した事、そして双葉さんが私にメールを送ってくれた事はともに親切心からであって、私を傷つけたいという思いはないのだと思う。

人の傷つきポイントはさまざまで、知らないところで誤解を生み傷つけていることがある。

お互いに気持ちよく暮らすため「お互いに最低限のマナーを守る」それが必要なんだろう。その最低限のマナーが人それぞれ違うから難しい。難しいから楽しいとも言うのかな?

ひと昔前まで、超絶繊細ちゃんだった私はことあるごとに凹み、いちいち心を閉ざしていた。心の波幅が広すぎて無駄にエネルギー使ってたし、疲れ切ってたなと思う。過去の私の様に人間関係の些細なことで悩まれてる方は「現実には何が起こってる?」と事実だけに目を向けてみてください。その上で自分がどんな風に反応したのか。そこで傷ついたり怒りが湧きおこったりしたなら、その気持ちに自分で自分に寄り添って上げてください。最初は不思議な感覚ですが、少しづつ感情の揺れ幅が穏やかになっていきますよ。

-未分類

© 2022 輝くこじらせ女 ここにアリ!! Powered by AFFINGER5