5-3.自己受容

今できることに焦点を当てたら人生は好転する!?

全4回コースの自己受容セミナー最終回を受講しました。5回目はラフな感じのシェア会になるとのコトで講義としては最終回!!自分のかっこいい部分もみすぼらしい部分も全部受け止めて初めて未来への扉が開く。自己受容って永遠のテーマだなと改めて思った4回目の講座。諸事情があって前半の大事なところで抜けてしまったのですが、私の学びをココに記録として残しておきたいと思います。これからも学び続ける予定の自己受容。回を重ねるごとに変化してる自分のタイムリーな記録。ありのままの自分を受け止めて開示しています。過去の記事はコチラから

困難な場面で何を選択するかで未来は変わる!!

生きていれば色々あるのが人生。良いことも悪いこともあって、苦境に立たされた時何を選択するか!!それで人生が変われると知ったのは、数年前の事。言い訳にまみれていた頃の私は自己防衛から他者攻めに走り、その後に「もしかしたら私が悪かったのかも?」と自分攻めに走ってました。

不幸時代の私の思考順序は他人を攻めてからの自分攻めで終了

他者攻めと自分攻めを行ってる間、私の焦点は過去にのみフォーカスされてたという痛い事実。過ぎ去った過去に執着していると自分か自分以外の人を攻めるかの2択しかなくなるわけです。そして、その執着と自分と他者を攻めるという2つの思考は長期にわたりすごいエネルギーを使うので想像以上に消耗してしまいます(私の経験談より)。変えられない過去に異常なエネルギーを投資するのはもったいないので、そのエネルギーを自分で変えられる未来に投資するという視点で考えていくと今に自然と焦点が絞られていきます。

今、何ができる?

この質問を自分に投げかけられたときに未来はいい方向に変わっていきます。
過去の私はいきなり「今何ができる?」なんて考えられず、まずやったことは自分と他者攻めする自分を受け入れることから始めました。悪い出来事をそのまま受け入れるため、その時感じた負の感情もそのまま受け入れました。負の感情を抱いてる自分を否定しない事がポイントです。否定してしまうと感情に蓋をしてしまうので、ネガティブでいる時間が長くなってしまうのです。
悲しかった自分、怒り狂った自分をジャッジせず、負の感情を感じた自分をそっと抱きしめる。気持ちが落ち着くまでどんなに醜い感情を抱いたとしても、ずっと傍に寄り添って抱きしめるように包み込んであげてました。ジャッジせずに受け止めてあげることで気持ちは自然と落ち着いてきます。そこから、顔を上げて前を見るようにしてました。全ての感情をジャッジせずに受け止める練習を始めてから、身体のあちこちにつけていた重りを一つづつ下ろせた感覚を感じられるようになり、自分も他者も攻めることが激減しました。そして、自然と今できることに意識が向かうようになっていきました。

自分なりの全力ボックスを積み重ねよう

過去を後悔しなくていい 未来を怯えなくていい そんなところを見るのではなく 今この時に集中しなさい

アドラーの言葉と共に教えていただいたのが全力ボックス。過去への後悔とどうにもならない未来への嘆きを断ち切って今の自分ができること、目指したい未来への1歩を全力で積み重ねていく。その1歩を箱に例えて、それを積み重ねていくという考え方。このお話を聞いて私が自ら振り返ってでてきたのが、完璧主義ゆえ私が自分自身に強制してきたことでした。

頑張りすぎる自分しか許せなかった過去の私。必死に鞭打ちまくって頑張りまくる自分だけを良しとしてきた背景に私の歪んだ全力ボックス概念がありました。私にとって全力ボックスとは全力疾走しか許されない、箱の大きさも形も全く一緒でないと許されない完ぺきにすき間なく敷き詰められていないと許されないものでした。最小単位を1日で考えた時、毎日同じ成果を同じだけロボットの様に出し続けるのが私が自分に課してた暗黙のルールでした。毎日毎日、同じ成果を出し続けられる人なんていないのに、できない自分はダメ人間という感覚に陥って少しだけ全力で走っては息切れして立ち止まる日々。ここで自分との対話をしてみました。

私の中のコーチ:箱は同じ大きさ、形じゃないとあかんの?形が違ってたらあかんの?

   私   :同じ大きさじゃないと積み重ねていったら倒れるやん?積み上げられへんよ。

私の中のコーチ:崩れたら全部なかったのことになるの?

   私   :崩れた箱を石垣みたいに積み直せばいいのか!!

どんな経験も受け止め方次第でプラスにもマイナスにもなる

過去の私は機械でしか作り上げられないような完ぺきを自分自身に課してました。そうしないと日々の積み重ねが全て無駄になってしまうと信じ切っていたのでした。狭い視野で物事を見ると積み重ねられない箱だったとしても長い目で広い視野で見た時、過去に積み上げた箱と箱の隙間を埋める補強材になることだってある。積み上げた箱がガラガラと崩れたとしても、今まで詰めてきた箱がなくなるわけではなくて積み上げ作業だけをすればいいだけ。持ってる全直ボックスの数は変わらないんだから。縦に高く高く積み上げて崩れたなら、基盤を整えるために土台を横に広げてしっかり支えてくれるように積み上げればいい。過去は変えられないのと同じように、昔取った杵柄は変わらず自分の中にある。それをどんな風に使うか、活かすも殺すも自分次第。苦い思い出も華々しい思い出も全て財産。それを積み重ねてきたから今がある。

不完全な自分を受け入れて初めて沸き上がる感謝の気持ち

自分の不完全さを見て見ぬふりしてきた人は、誰かに力を価値たという事実すら受け止めようとしない。だから、感謝の真意がわからない。

感謝の気持ちをもって他者を受け入れるためには、まず不完全な自分を受け入れることが前提となる。

自分が不完全であることを受け入れることで初めて感謝を知る

講座のスライドから抜粋させていただきました。完璧主義だったころの私は感謝という言葉の本当の意味を体感してなかったです。それどころか口からついて出てくるのは不満ばかり。暗黒期の私は人も自分も受け入れずツンツン尖がってた。「何で私に感謝しないの?」ってくらいオレ様感をプンプンまき散らしてたわけで…そりゃ何事もうまくいかんわなって今となっては思うけど、あの時の自分があったからこそ今があると思うと当時の痛い自分にも感謝しかない。人間だから不完全でいい。抜けてる部分があるからこそ人間味がある。
「感謝の気持ちを持ちなさい」って小さいころから耳が痛くなるほど言われてきた記憶があったけど、ずっとしっくりこなかった私。私には心がないのかと悩んでた時もあったけど、その背景に不完全な自分を受け入れるというステップがあったという事。完璧主義だから自分の弱みを見せられず強がって生きてきたから心から感謝したいと思うような出来事に気づくことがなかったんだなと今更ながら学びました。当たり前の日常に感謝がいっぱい散りばめられてるんだなと気づけるようになった今、私自身の不完全な自分を受け入れるというステージも確実に上がってるという事なのかな。

感謝を伝えたいのは…やっぱり家族

5年ほど前、初めてのレシピを見て作った料理の出来があまりおいしくなかったことがありました。がっかりする私に6歳だった娘が贈ってくれた言葉が

私はあんまり好きじゃないけど、Good Tryだよ!!

でした。まだまだ、完ぺき主義だった当時の私に娘が教えてくれた結果をジャッジせず、行動した自分を称えるということ。娘の言葉を聞いた時、「イギリス育ちっぽい考え方するな~」と全く自己受容とは結びつけて考えられませんでした。だけど、頭の片隅に「上手くいかなかった出来事をこんな風に受け止めれば無駄に凹まずに生活できるのかもしれない」とふと思った記憶があります。料理の失敗なんて日常茶飯事で新しいレシピに挑戦することなんて小さすぎるくらいの勇気でできること。そんな小さなことでも許せなかった私に「失敗したってイイ。その行動を起こそうとした自分を褒めなよ。」という大きな教えを与えてくれた娘。当時の私には理解できないレベルで深かった娘の言葉は5年ほどたった今、私の心に蘇ってきてくれました。私が不完全な自分を受け入れ、本来の自分を取り戻す過程に娘はずっと寄り添ってくれてたんだなと改めて気づけ講座。不完全すぎた私を母として選んでくれた娘、その娘を支え続けた夫と息子。出会いの順序がめちゃくちゃですが、私をありのまま受け止め続けてくれる家族に感謝を伝えたいと思った4回目の講義でした。

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